もっと奥へ もっと遠くへ

11/23(水) 明日からの朝日パワー



姐さんいってらっしゃいやし!(笑)
って違うか・・・違う違う。
とにかくいってらっしゃいやし!
のエール。
11/22(火) 東北の旅 その3の続き

まるで時間が止まってしまったような飯館村を抜けて、
私達は南相馬へ入りました。
南相馬でも高い所は1.5μSv/hぐらいありましたが、
原町あたりまで来てようやく0.5μSv/hまで下がりました。

途中トイレ休憩で立ち寄ったショッピングセンターでは、
外の数値が腰の高さで0.9μSv/h、路肩が1.63μSv/h。
因みにここは福島原発から約28キロ地点。
山ひとつ超えると福島原発があって、
そこは一般人が立ち入れない高濃度汚染地域・・・

ショッピングセンターの中に入ると、
ほとんどの食材にベクレル表示がされていて驚きました。
ほとんどがND(不検出)でしたが、中にはヨウ素、セシウムなどの
ベクレル数値が書かれているものもありました。
もちろんそれは暫定基準以下の数値なので買って食べても大丈夫なのでしょう。
しかし、う〜ん・・・正直私だったら買いづらいです。
しかししかし、表示はきちんとした方がよいと私は思います。
子供達のためにも、消費者が信用できるようなきちんとした計測を。
今後ともお願い致します。

ショッピングセンターを後に、ここから相馬市へと向かいました。
途中、津波による被災地を目撃・・・
え??まさかここまで津波が!?というほど海から離れた場所です。
そんな場所にまで何艘かの船が乗り上げていて・・・言葉をなくしました。

それから相馬市内のファミレスでお昼ご飯。
そこでミツさんに言われた言葉・・・
「福島の現実を伝えてほしい」
この言葉が私の心に重くのしかかってきました。
私にやれるのだろうか・・・
こんな重たい現実が伝えられるのだろうか・・・
しかし伝えなければ・・・
そこに必要とされるのであれば・・・
「できるだけのことをやります」
それが私の答えでした。

ミツさん、今回の旅ではいろいろとありがとうございました。
私も私なりに一生懸命伝えていこうと思います。

ミツさんと分かれて、福山さんと二人ここから仙台に向かう。
その前にどうしても行きたかった場所。
どうしても手を合わせたかった場所。
たくさんの命を飲み込んでしまった海へ・・・

福山さんと私は、海に近づくにつれ言葉をなくしていきました。

土台だけになった家の跡・・・
たくさん・・・たくさん・・・
どこまでもどこまでも続く、何もなくなってしまった場所。
こんなに広いとは・・・
この場所だけでこんなに広いのに、
岩手や宮城など、その全てを考えたらとてつもない被害の大きさ。

鉄筋だけになってしまった家・・・
山積みになっているぐちゃぐちゃの車・・・
陸地に上がったままの船・・・

現場を実際に見て、これまでの旅の全ての感情が溢れてきました。
そんな時福山さんが、誰に言う訳でもなく「ごめんなさい」と言いました。
福山さんがどんなお心で言ったのか私には分かりませんが、
私もまた心の中で「すみません、すみません」と連呼していたのです。
その共感からか、私はもう涙をこらえることすらできませんでした。

そんな思いを胸に車で走りながら、気付くと海まで出ていました。
車を降り、海の見える所まで行き、二人で手を合わせました。

たくさんの御霊(みたま)が今はどうか安らかでありますよう・・・
皆様のご家族と心寄り添い、被災地や福島のために力を尽くします。
それから・・・
これからの未来に向けて、私達人類が最善の道を歩んでいけますよう。
どうか見守っていてください・・・

それから道なき道を走り、なんとか国道に出ました。
車の中では流石に二人とも口数少なくなっていて・・・
気付いたら仙台に到着しておりました。
そして私は仙台駅で降ろして頂き、福山さんは親戚のおじさんの家へ。

私はまず宿にチェックインして、しばらくベッドでぐったりしてました。
身体のあちこちが痛くて、ほんと言うともう外に出たくはなかったのですが、
頼まれていたものを購入することもあったので、重たい身体を起こし仙台駅ビルへ。

仙台駅周辺は都会で人も多かった。
東京となんら変わらない雰囲気に・・・なんだかホッとしました。
しかしここ宮城県も海の方へ行けば広大な被災地が広がっているのですよね・・・

先に頼まれていた牛タンを購入郵送し、お土産なども物色。
それから駅ビルの中で夕飯を済ませ宿に戻りました。

ホテルのユニットバスにお湯を張り、かなりの時間つかっていたように思います。
お風呂の中である出来事を思い出し、私の反省心が大きく浮かび上がったのです。

あれは今年の5月末くらいのことです。
私のライブにもよく足を運んでくださる女性から、長い長いメールを頂きました。
その内容は、福島原発からさほど遠くない場所にお住まいのご友人のことでした。

(これは5月当時の話ですが)
スクリーニング検査のこと。
他県へ行くにはその除染完了のカードを持っていかないと何かと不便だったこと。
いろんなところで検査カードの提示を求められ、
それでも車のタイヤについている土が危険だからと駐車させてもらえなかったこと。
福島県民や福島ナンバーに対しての偏見なども書いてありました。
理不尽な扱いをされる悔しさ、これから先の不安、それをなかなか理解してもらえない悲しさ。
そんなことがたくさん書かれていたのです。

もちろんスクリーニング検査などは、止むを得ないことでもあったと思います。
しかし私が大きな反省を強いられたのは、
その福島の方々の辛いお心に本当の意味で寄り添えていなかった・・・ということ。

彼女のメールは、私に必死で何かを伝えようとしていました。
今思えば、彼女は福島のご友人をなんとか助けたい、心を癒したいと、
その苦悩を共に背負いながらがんばって行動しておられたのです。
そして私に懸命に伝えてきた。
自分はただの一般人だからと、私のような唄うたいにその想いを託したのです。
もちろん私も歌は歌っておりますが、実際はなんの力もない一般人です。
ですから当時はそんな彼女の想いを強く感じてはいても、
なかなかその想いに答えることができなかった・・・
彼女に返信した私のメール内容は、差し障りのない励ましと、
そんな中でも感謝できることに目を向け、なんとか気持ちを前向きにしていきましょうと、
そんな内容だったと思います。
それが私にできる精一杯のことだったのです。
しかし、私は何も分かっていなかったと・・・今強く思うのです。
いや、たぶん、逃げていたのかもしれません。
私にだって・・・どうすることもできないよ・・・
どこかにそんな心があったのかもしれない。
湯船につかりながら私は、大きな大きな反省と共に涙が止まらなかったのです・・・

そして今、私は私自身の目で現実を観てきました。
懸命にメールを書いて送ってくださった方のお心もご友人のお心も、
今の私にはよく分かります。
いや、まだまだ分かっていないのだろうということも、よく分かります。
今以上に自分のこととして、自分の家族のこととして捉えていかなければ
本当の意味で心寄り添うことはできない。
まずは『もっともっと知る』ということから始めようと思っております。
私自身がこれからも福島や被災地の現実にしっかりと向き合えるように。
そして私なりに思うところをこうやって表現していこう。
それは小さなことかもしれませんが、できるだけのことをやっていこう。
そんな風に思っております。

私に大きな気付きを与えてくださった方々、ありがとうございます。

追記
18日の福山さんライブ、とても素晴らしかったです。
歌の途中で声が詰まっておられましたが、伝わってくるものがありました。
私もやはり、まだちょっとした瞬間に涙が込み上げてきます。
それは実際にいろいろと観てきたからかもしれませんが、
あの場にいた方々にも、福島の現実、福山さんの想いはきっと伝わっていると思います。
私もがんばります。
ありがとうございました。
11/16(水) ちょっと一息

今日はちょいとほろ酔いの私です。


ぷちぷち

微発泡酒のこのお酒。
ほんのり甘くて飲みやすい♪


喜多方っ子

のどごしつるるん♪
コクのあるスープがたまらない。

とっても美味しかったです☆
会津若松の館長ご夫妻ありがとうございました(^0^)
11/15(火) 東北の旅 その3

東北の旅3日めの朝は霧。
この日はミツさんに道案内をしてもらい南相馬へ向かいました。


霧の中をしばらく走って


トンネルを越えたら一瞬にして霧が晴れた!
走る車の左手には堂々たる磐梯山。
それは自然からのエールのようにも感じました。


途中、猪苗代湖にも寄りました。
湖の水平線はまだ霧がかかっていてぼんやりとしか見えなかったけど、
海みたいにでっかくてすごく感動しました。
なんせ私は湖を見たのは初めてだったのでw


波は穏やかで水面がゆらゆら揺れていて
とっても静かでした。
磐梯山に見守られながらスヤスヤしている鴨たちに
ちょっと癒された私でした。


三人で記念撮影。
私の顔は半分でしたが^^;


紅葉もキレイでした。

さて、猪苗代湖を後にここからまた南相馬に向けて出発。
この日は、郡山、二本松、飯館村を抜けて行くのです。

しばらく車を走らせて磐梯熱海を抜けた辺りから線量が上がり始めました。
この時点で私の線量計では0.4μSv/h(車中計測)
私は持参したマスクを着けました。
その後、二本松辺りまでは0.4〜0.8μSv/h。
一瞬ですが、場所によっては1.0μSv/hに近い数値も出ました。
(数値は線量計によって異なりますので高低の目安程度でお読みください)

途中、二本松のコンビニでトイレ休憩。

駐車場に車を止めた時、まず私の目に入ったのは子供達。
小学生ぐらいの子供達がコンビニの外で楽しそうに話していました。
私は咄嗟にマスクを外しました。
子供達の前で放射能対応のマスクは着けられないと思ったからです。
この旅へ行くにあたり、「線量の高い所では必ずマスクを着ける」
というのが家族との約束だったのですが・・・ごめんPP。

トイレを済ませ、車の外で線量計測。
私の線量計では0.54μSv/h(腰の高さでの計測)
それから駐車場の横の道、歩道路肩でも計ってみました。
え?・・・6.0μSv/h超えてる!?
私はびっくりしてその場で何度か計り直してみましたが、最終的には5.12μSv/h。
その近辺の路肩でも計ってみましたが、やはり5.0〜6.0μSv/hぐらい。
すぐそこには子供達・・・


見た目はなんら変わることのない普通のよくある光景。
しかしそこには確実に高い放射性物質があるということなのです。

除染作業をしても、しばらくするとまた線量が戻ってしまう。
それでも子供達のために少しでも除染を続けるしかない。

この辺りだけではなく、線量の高い場所に住む親御さんのお心を思うと胸が痛みます。
このままここに住んでいてよいのだろうか。
ここに子供達を住まわせて、本当によいのだろうか。
よいわけがない・・・
しかし、出て行くにもお金がない。仕事もない。
国からの補助金も出ない。
それでもがんばって他県へ出て行くとしても、子供はいじめられないだろうか。
我が子にとって、どの道を生きることが一番ベストなんだろうか。
毎日ぐるぐるぐるぐる・・・・しているのです。

このままで本当によいのでしょうか・・・国の手立ては・・・
そして私に何ができるのだろうか・・・
私達にいったい何ができるのだろうか・・・
そんなことを考えながら、私はまた車に乗り込みました。

二本松からしばらく走り、飯館村に入る手前で道路脇に車を止めた。
案内人のミツさん曰く、ここから線量がかなり高くなるらしい。
ここから飯館村を抜け切るまでノンストップで行くとのこと。
因みにこの時点での線量は車中で0.7μSv/h、車外で1.32μSv/h。
ミツさんの言っていたように、車の中と外ではやはり倍ちかく数値が違う。
私はマスクを着け直し、線量計片手に背筋が伸びた。

飯館村に入るとすぐに数値が跳ね上がり始めました。
1.05、1.41、1.89、2.16、2.28・・・
どんどん上がり始め、一番高い所で2.8μSv/hでした。
もちろんこれは車中の計測値です。
車外で計ったらこれの倍ちかい数値だということ。
そしてこの辺りの路肩で計れば更に高い数値になることが予想されます・・・

飯館村は人の気配が全くなく、時々行き交う車があるだけ・・・
途中、警察署?消防署?みたいな所もありましたが、
そこで働いている方も外ではマスクをされているようでした
村の畑では猿がすごい数で群れていて、まるで猿の王国のようになってました。
しかしこの猿たち・・・ここにいたらダメだよ・・・
私はちょっと心が苦しくなりました。
猿以外は、カラスも鳥も見当たりませんでした。
村の所々に見られる柿の木、見事に実がなっているのにも関わらず・・・

それは悲しい光景でした・・・
この飯館村は村民がいっしょうけんめい村おこしをして、村のブランド農産物や畜産物を作り、
それもようやく軌道に乗ってきて、自然と一体化したとても良い村だったらしい。
そんな村がなぜこんなことになるのでしょうか・・・

この日のことは長くなりそうなので、つづく。
11/12(土) 東北の旅 その2

東北の旅、2日目の朝は快晴。


朝ごはんを食べた後、外のテーブルで一人コーヒーを飲みながら
いろいろなことを考えておりました。
ここ会津田島は自然に囲まれていて空気がとても美味しく感じるのです。
実際、線量も高くはありません。
私の線量計では0.07〜0.08μSv/hぐらい。
私の住んでいる練馬区(平均0.09)と比べても、逆にこちらの方が低いくらいです。
しかし線量は低いのに、ここにはまだまだ人の入りが少ないのです。
そういう意味でいうとこの辺りはとくに、大変な風評被害を受けていることが分かります・・・


どうかここにまたたくさんの観光客が訪れますように。


それから出発の支度をしてママリンと記念撮影。
ママリン、また必ず来るからね♪

ツムットを出発して会津若松に向かう前に、古町の大銀杏を見に行きました。


うわ〜〜〜、これはほんとにスゴイ!
ママリンもみそらのマスターも言ってたけど、
これは一見の価値あり!
これがもうしばらくするともっともっと黄金色になるらしい。
皆様も機会があったら是非足を運んでみて〜♪

それからまた車に乗り込みしばらく走っていたのですが・・・
途中でツムットに宿代支払うのを忘れていたことに気付く!
すすすすみませ〜ん!
今回の旅では私が福山さんのスタッフ兼雑用係をやるって言ってたのに
支払いをすっかり忘れてしまって(>_<)
結局またUターンさせてしまって・・・
しかもツムットでお昼ご飯まで頂いて・・・
ママリン、ありがとうございましたm(__)m

そして予定を大幅に遅れてこの日のライブ会場へ

会津若松のライブ会場ではまず芋煮汁をごちそうになりました。
とっても美味しかったです、ありがとうございました!


この日はグループホーム『CHANT』でのライブだったのですが、
なんていうんだろ・・・本当に素晴らしかったです!!
福山さんと会場の皆さんの心が溶け合っていたというか。
いつものようにみんなで歌ったり手拍子したりはもちろんのこと。
中には手拍子するのが難しい方などもいらっしゃったのですが、
顔は無表情ながらも指でしっかりとリズムをとっておられたり。
私にもはっきりと観えました。
音楽を通して人の心が開かれていく瞬間。


それはとてもとても感動的な瞬間だったのです。

私は福山さんライブの凄さを垣間見たような気がしました。
それからはなんとなく福山さんのことを「師匠」と呼んでいる私がおりました。

ライブ終わって、関係者の皆さんと打ち上げ。


ミツさん、ぺたんさん、館長さん、
皆さん楽しい方ばかりで、素敵な出会いができて嬉しかったです。
写真には写っておりませんが、
館長の奥様と愛娘まいちゃん(2歳)とも一緒に遊べて楽しかったです。

しかしこの打ち上げで、私は福島の現実を知ることになりました。
除染作業の難しさ、嘘と真実、福島ナンバーへの偏見や嫌がらせなど。
どれも悲しい現実でした・・・
福島の現状は思った以上に深刻だということ。
原発も未だ収まらない中、福島県の方々は日々様々な現実と闘っておられます。
この現実の中、生きるのにも必死なのだと感じました。
泣きたくても・・・泣ける場所すらないのです。
そんなことをミツさんは笑いながら話してくれました。
ぺたんさんは「重たい現実に押しつぶされないように」と逆に気遣ってくれました。
館長ご夫妻は子供をあやしながら「私達も未だに心の中がぐるぐるしている」と微笑んでおられました。
皆さん笑っておられました。
心の中で泣きながら笑っておられました。
この現実の中、笑ってないとやっていけないのだと感じました。
私は話を聞きながら、何度も泣きそうになりました。
正直にいうと、その場から逃げたいとさえ思ってしまった・・・
すみません・・・
泣きたいのは皆さんの方なのに・・・
逃げたくてもどうすることもできないのは皆さんの方なのに・・・
私は必死で涙をこらえました。必死で笑いました。

これからも長い長い戦いになるのだとミツさんは言いました。
私は心寄り添うことの意味を、深く考えさせられた夜でした。
11/10(木) 東北の旅 その1

先週は3日から6日まで東北へ旅に出かけておりました。
福山竜一さんが福島でライブをやられるということで、私も同行させて頂きました。
私の今回の旅の目的は二つ。
まず一つは、福島や被災地の現状をこの目でしっかりと観ること。
もう一つは、尊敬するアーティスト福山竜一さんのライブ活動に同行させて頂き、
その裏側からも何かを学びたい。
この二つです。そしてその経験を今後の自分の音楽活動にも活かしていきたい。
そんなふうに考えておりました。
そして旅を終え、素敵な出会いや楽しかった想い出がいっぱい。
しかしそれと同時に、福島や被災地の現実を目の当りにして、
正直まだちょっと心の中がぐるぐるしています。
けれども私なりに、観てきたことをここに記していきたいと思っております。

まずは1日目、楽しかった想い出からいきましょうか。


福島に入る前に立ち寄った那須塩原の『もみじ谷大吊橋』
これ意外に揺れるんです。
若干高所恐怖症の私はちょびっとコワかった^^;


コワかったけど景色は最高!


福山さんは夢中で紅葉をパシャパシャやってました。


私は食い気に走っておりましたw


こちらは『七つ岩吊橋』


圧倒されるほどの紅葉が迫ってくるようでした。

それから福島の会津田島に入り


福山さんお気に入りの南泉寺にも立ち寄りました。
ここは素晴らしい!
山と自然に囲まれた、だだっ広い空間にぽつんと、
いや堂々と立っているかのようにも観えるこのお寺。
そこはすっごく静かな時間が流れておりました。


楼門の階段を上がると大きな鐘がありました。
見れば「ご自由におつき下さい」と書いてあったので、
ゴーーーン・・・
低音の響きが長い余韻となって、なんだか心が無になるようでした。


続いて福山さんも
ゴ=====ーーーーーン・・・・・
これには参りました。
福山さんのついた鐘の響きは力強く、込み上げてくるものがありました。
それは福島に入り、まずは福島の土地の神様から洗礼を受けたような。
いや、歓迎(?)を受けたような。
「ここで心を浄化し清き眼(まなこ)で観てください、そして伝えてください」
と何処からともなく私の心の中に声が響いたような気がしたのです。


楼門の奥には樹齢約110年のしだれ桜と樹齢約500年の五葉松。
春には満開の桜がさぞ美しいのでしょうね♪

そして宿に到着


だいくら山スキー場のすぐ近くにあるツムットは、
ログハウスのような素敵な宿でした☆
来てすぐに思ったのですが、ここには妖精がいるよw


だって私にはママリン(宿主さん)が妖精に観えたのよ〜(^0^)
ちっちゃくて可愛らしいママリンは、
スキーもスノボもやっちゃうんだって。かっこいい!

福山さんはこの日のライブ準備をされているようだったので、
私は一人お散歩へ。


夕刻の白樺とススキは風情があって気持ち良かったよ〜。

そしてライブ会場『みそら』へ


ライブはとっても盛り上がりました♪
会場の皆さんも一緒に歌ったり手拍子したり。


アンコール、ぺたんさんとお二人での『針生の夏』も最高でした☆
この歌はシンプルでいて人の心を引きつける、本当に素晴らしい曲だなぁと思いました。

私は会場にいる方々とは初対面だったのですが、
福山さんライブ効果か、ライブ終わった頃には皆さんとも自然に会話が弾んでいて。
ライブ後にはワンちゃんも交えて皆さんと楽しいひとときを過ごしました。
みそらのマスターさん、会津田島の素敵なところをいっぱい教えて頂きありがとうございました。
そして私までカレーやピザをごちそうになりありがとうございました。

そして宿に戻り、まずはゆっくりとお風呂に入らせて頂き。
お風呂からあがったら・・・ん?何?
なんか聴こえてくる、福山さんの歌声だ!
うわーずるーい、私も聴かせてくれ〜!
とバタバタとリビングに向かっていった私。
私も交ぜて〜♪とばかりに笑顔でテーブルに座ったのに、
なぜか福山さんもママリンも驚きの表情で私の顔を見ているような(?)
は!その時私は気付いてしまった!
スッピンのままだったのです・・・( ̄▽ ̄;)!!ガーン
眉毛だけは書こうと思っていたのに・・・
福山さんの歌声に反応してそのままで来てしまった。
/(´o`)\オーノー!!
そんな私の心を知ってか知らずか、
福山さんもママリンもなんのツッコミもなかったので^^;
私は開き直ってママリンと一緒に福山さんの歌を満喫しましたwww
そしてこの日は楽しくもゆかいに終わったのです、わはは。
11/8(火) 新潟のMちゃんへ


明日に備えて
海から昇る太陽パワーを送ります
11/1(火) HPアドレス変更のお知らせ

私のHPのURLが変わりました。
今までは旧URLから新URLへと自動でジャンプされていたのですが、
11月1日より旧URLは表示されなくなっております。
お手数をおかけして申し訳ありませんが、
旧URLをブックマークをしてくださっていた方はこちらのURLにご変更をお願い致します。

http://izakiyuka.web.infoseek.co.jp/

事後報告になってしまい申し訳ございません。
m(__)m



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